浄土宗 浄蓮寺

千葉県鋸南町にある浄土宗のお寺のブログです

ある日のお釈迦さま⑥

南無阿弥陀

みなさんこんにちは(^O^)

今日の鋸南町勝山は、
朝から雨が、降ったりやんだり
☂☂☂


午後3時頃から
かなり強く降り出して
風も強く吹いて
大荒れのお天気になりました

😱😱😱

明日は勤労感謝の日
お休みの方も多いと思います。

明日はいいお天気になって
秋の休日を楽しめると
いいですね~😄


さて、今日は
「ある日のお釈迦さま」
その⑥
をお届けします~


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今日のお話は
「欲のいとなみを喩えて」
というお話です。

それでははじまりはじまり~

~・~・~・~・~・~・~・~

ある時、お釈迦さまが
アーパナという村に
とどまっていた時のことです。

お釈迦さまのいる所を
ポターリヤという人が
たまたま通りかかりました。

このポターリヤ、

既に財産を全て子供に譲り
世俗を離れた隠居の身と
なっていました。


お釈迦さまは、
ポターリヤに対して、

「欲望」のいとなみ
について、こんな例えを用いて
お説きになりました。


「(欲望とは)
 例えば炬火(たいまつ)を
 持って、風に向かって
 行くようなものである。

 汝はどう思うか?

 もしその人が
 すみやかにその炬火を
 手放さなかったら、

 その炎は、
 彼の手を焼くだろう。

 彼の腕を焼くだろう。

 そして、

 遂にはその身体を焼いて、
 彼は死ぬような苦しみを
 受けることになるだろう」

それを聞いたポターリヤは

「お釈迦さま、
 その通りでございます」

と答えました。

するとお釈迦さまは、
続けてこのようにお説きになりました。

「だから私の弟子たちは、
 いつもこう思っている。

〈欲望は、乾草の炬火に
 たとえられる。

 
 欲望によって
 苦しみ悩みは深まるのだと
 世尊(=お釈迦さま)は
 説かれたのだ〉と。


 そのように
 我が弟子たちは
 欲望の真相を
 あるがままに見て

 世俗の利得への執着を、
 余すところなく
 滅し尽くすのである」


ポターリヤは
この「欲望」についての
ご説法を聞き、

お釈迦さまに
深く帰依するようになった、
ということです。


~・~・~・~・~・~・~・~


如何でしょうか?

欲望とは
「炬火」のようなもの、

「炬火」を持って
風に向かっていけば
遂には我が身を
焼いてしまうように

欲望は
自分自身を苦しめる

と、お釈迦さまは
説かれているんですね~😅


この世に生きている限り
欲望を、完全に断ち切ることは
できません。

しかし、

少しづつでも
欲望を「おさえる」ことは
できると思います。


身体を焼き尽くすほどの
苦しみを受けないように

欲望という「炬火」の炎を
少しでもおさえるように、
お互い
心がけていきたいですね^_^;



それでは今日はこのへんで

明日が皆さんにとって
良き一日となりますように……、

(^^)/~~~

合掌

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